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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)593号 判決 1984年3月30日

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

(申立)

一  控訴人らは

1  主位的申立として

「(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は控訴人らに対し、原判決別紙目録一ないし三記載の各不動産につき、京都地方法務局伏見出張所昭和五二年六月二日受付第二四九八七号をもつてなされた取得者を被控訴人、原因を昭和五一年一二月一三日相続、とする各所有権移転登記を、『取得者を被控訴人及び控訴人ら、原因を昭和五一年一二月一三日相続。各取得者の共有持分を、被控訴人、控訴人二井登美子及び同森田冨佐子各七分の二、控訴人村井幸治及び同村井治男各一四分の一』づつに改める更正登記手続をせよ。

(三) 被控訴人は、控訴人(亡村井八重子訴訟承継人)らに対し、原判決別紙目録五記載の建物を明渡せ。

(四) 被控訴人は、控訴人二井登美子、同森田冨佐子に対し、それぞれ金七五七万一四二八円、同村井幸治、同村井治男に対し、それぞれ金一八九万二八五七円及び右各金員に対する昭和五三年四月一四日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(五) 訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決、並びに右(三)ないし(五)につき仮執行の宣言を求め、

2  予備的申立として、

「(一) 原判決を取り消す。

(二) 被控訴人は、控訴人らに対し、原判決別紙目録一ないし三記載の各不動産につき、京都地方法務局伏見出張所昭和五二年六月二日受付第二四九八七号をもつてなされた、取得者を被控訴人、原因を昭和五一年一二月一三日相続、とする各所有権移転登記を、『取得者を村井八重子、被控訴人及び控訴人ら。原因を昭和五一年一二月一三日相続。各取得者の共有持分を村井八重子三分の一、被控訴人及び控訴人ら各一五分の二』に改める更正登記手続をせよ。

(三) 被控訴人は控訴人らに対し、それぞれ金五三〇万円及び右金員に対する昭和五三年四月一四日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、並びに右(三)及び(四)につき仮執行の宣言を求めた。

二  被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

(主張、証拠等)

当事者双方の主張、証拠関係等は、左記のほか、原判決の事実摘示に記載するとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人ら

1  遺産分割協議について、法的安定性を害するとの見地から債務不履行を理由とする解除を認めないとする考え方も

あるが、分割協議に参加した相続人に意思の欠缺がある場合、右協議の無効、取消の余地が認められる以上(それは結

局法的安定性を害するものである)、解除についても法的安定性を害することを理由としてこれを否定する考え方は失当である。

結局、解除であれ、無効・取消であれ、それが一定の範囲で法的安定性を害することはいわば当然のことであり、まさしく、法的安定性と合目的性の衝突と調和の問題であるに拘らず、一方が許され、他方が許されないとするには、それなりの合理的理由がなければならない。それが存しない以上、同様に肯定されるべきである。

2  本件母屋の土地・建物は、相続により八重子の所有に帰したことは、被控訴人も認めるところである。

したがつて、八重子所有の本件土地・建物に被控訴人及びその妻子が居住する以上、八重子と被控訴人間に何らかの法律関係が存在しなければならない。そこで、その実体を見るに、被控訴人は、八重子に賃料を支払つていないから賃貸借ではない。とすれば使用貸借と解する外はないと思われる(使用貸借の言葉を使用するか否かは問題にならない。)。

3  被控訴人の義務不履行(前記遺産分割に当り前提としての負担条項)については、特に亡八重子が、「被控訴人が村井家を継ぎ、自分(八重子)を扶養し、兄弟をとりまとめ、もりたててくれる」ものと信じて、控訴人らに対し相続分の譲渡を説得したに拘らず、被控訴人は、遺産分割協議の成立した翌日から手のひらを飜すように態度を変え、弟らと争い(前記条項(一)違反)、八重子(実母)に対し言いがかりをつけて食事や身の廻りの世話を打切り、口もきかず、あまつさえ暴行傷害を加えて虐待し(前記条項(二)、(三)違反)、そのため八重子は悲惨な境遇の下に死亡した。右の如き被控訴人の背信行為を斟酌するならば、当然遺産分割協議契約の解除が認められて然るべきである。

二  被控訴人

1  控訴人らの主張はすべて争う。

2  控訴人ら主張の負担四項目の遵守は、既に述べた(原判決一五枚目表六行目から、同裏八行目まで)とおりで、それは、結局親族間の相互の条理と温情により敬愛と協力の精神に従つてなさるべき性質のものであつて、法的な拘束力をもつて実現がはかられるべき筋合いの事項ではなく、親族間の道義上の問題として処理されるべきもので、法的な条件関係を構成するものではない。事実的な希望・動機・抱負等を被控訴人が生存する間の永久的な負担の内容ととらえ、契約の効力に影響を与えるものとすることは、負担の効果(民法五五三条)から考えて妥当でない。

理由

第一  主位的請求について

一1  原判決三二枚目表三行目ないし同三五枚目表三行目記載の事実認定は、当裁判所の事実認定と同じであるから、こゝにこれを引用する(但し、原判決三三枚目表五行目の「同村井昌子」の次に、「同北村繁明」を、同八行目の「弁論の全趣旨」の次に、「およびこれにより成立を認めうる甲第一号証」を、それぞれ挿入する)。

2  義朝の葬儀(昭和五一年一二月一五日)後、相続協議に先立つて、被控訴人は、義朝同様治男のマンシヨン賃料(月額四万円)を支払うことに負担を感じ、また、被控訴人が本件母屋に入居した場合、兄弟としてのバランスを考慮し、とりあえず治男の住居を買入れることとし、治男と協議のうえ、原判決別紙目録六(義朝名義で被控訴人が居住していた)及び一一の土地建物を売却し、治男の土地建物を購入することとし、同月下旬頃にはその売却の話しがほぼまとまり、他の共同相続人の同意を得て、昭和五二年一月二〇日ころ、代金約一一五〇万円で売買契約をし、これをもつて治男の居住土地家屋(土地約二九坪、代金一三七〇万円)を購入した。

3  その後、同年一月頃から登美子(千葉県習志野市居住)を除く共同相続人及び訴外角口ユキヱ(義朝の妹、控訴人らの叔母。被控訴人の求めにより同席した。以下「角口」という)らが集つて遺産相続の協議をしたところ、八重子が、同人の居住していた本件母屋の土地・家屋並びに貸家等遺産の三分の一を相続することについては全員異論がなかつたが、残余の遺産約三分の二について、八重子を除く共同相続人間の相続分について協議が難渋し、特に、「(一)亡義朝が経営してきた訴外会社を、被控訴人のみで経営するか、控訴人幸治、同治男を含めた三名の共同経営にするか。(二)幸治、治男の生前贈与分及び登美子、冨佐子の相続分をどうするか。」等について意見が分れた。

結局、右(一)については、三名の共同経営は無理であり、被控訴人のみで経営することとし、幸治、治男は別に営業する。この場合、「前記西工場のうち、原判決別紙目録七及び九記載の土地・建物を幸治、治男が相続してその営業にあてる。」とする案が角口から提案され、これに基づいて協議がなされ、最終的に、「林税理士の計算した遺産額(固定資産税課税対象額によるもので、実際価格とは異なる)に基づき、前記八重子取得分を除き五分し(八重子を除く共同相続人五名)、その一づつを幸治、治男が取得する。但し同人らの生前贈与分は控除する。」とすることで被控訴人と幸治、治男間で合意した。その結果、幸治、治男は、原判決別紙目録七及び九の外、同八の土地を相続することとなつた。そして、幸治、治男は、右土地を売却して営業資金に充てることとし、その際、同地上建物は、原判決別紙目録四の土地(被控訴人が取得する)にまたがつて建てられていたので、とりあえず被控訴人の所有名義とするが、老朽化して使用に耐えないものであつたので、滅失登記をし、その取壊しに被控訴人は無条件で同意する旨合意された。

右(二)については、右のとおり、幸治、治男の生前贈与分は、同人らの相続分から控除する計算で協議が成立したが、登美子、冨佐子の相続分については、被控訴人が「村井家を継ぎ、八重子、冨佐子(未婚)の世話をし、親戚付合いをし、先祖の祭祀を行つていく以上、遺産相続について、八重子及び幸治、治男の前記相続分を除く全部を相続するのでなければ、自己の相続分(八重子分を除く五分の一)を取得して大阪(妻昌子の実家がある)に出て行く」旨強く主張し、角口も「村井家がつぶれてもよいのか」と八重子に被控訴人の要求を容れ、登美子、冨美子を説得するよう強く求めた。そこで八重子は、昭和五二年五月中頃、登美子及び冨佐子(同年四月下旬頃から登美子出産に伴う家事手伝いとして千葉県習志野市の登美子宅に赴いていた)に電話で、「右被控訴人の要求を伝へ、私(八重子)や冨佐子の世話をし、先祖の祭祀もしてくれると言つている。登美子と冨佐子には私の相続した中から貸家(当時八軒あつた)をあなた達にあげるから、相続の主張をしないでほしい。」と泣いて説得した。そこで登美子は、直接被控訴人に電話をし、被控訴人から「八重子や冨佐子の世話等前記のとおり必らずする」旨の確約(言質)を得て、止むなく被控訴人の要求をのみ、相続の主張をしないこととした。

4  以上の経過を経て昭和五二年五月三〇日遺産分割の協議が成立した(押印は同年六月一日なされた。乙第一、二号

証)。

その骨子は、前記林税理士作成の遺産計算書(乙第三号証の一ないし三)によると、「(一)遺産総額約一億円(但し、固定資産税課税対象評価額で、実際価格ではない)。(二)八重子の相続分(本件母屋、貸家等)計約三八〇〇万円。(三)幸治、治男の相続分各約一四七〇万円(但し、幸治については生前贈与分約六七〇万円を控除して残額約七九〇万円。治男については生前贈与分約三二〇万円を控除して残額約一一五〇万円)。(四)被控訴人の相続分(前記東工場等)約四三〇〇万円」ということになる(他に預金約二九〇万円は冨佐子の結婚資金として同人が取得<これは義朝が登美子名義で預金していたもので=したがつて、前記の約一億円に含まれない=生前冨佐子の結婚資金として同人に贈与する旨明言していたものである。>)

5  昭和五二年六月中旬頃、遺産分割協議の結果、幸治及び治男が同人らの相続分として取得した原判決別紙目録八の土地(三―三二)を売却するに当り、その地上建物(所有名義は前記のとおり被控訴人)の滅失登記手続をするため、前記合意に基づき被控訴人の同意(押印)を求めた際、被控訴人は右合意に反しこれを拒否した。その理由は、幸治が被控訴人に対し、「大きな顔をして何でここ(本件母屋)に住んでいるのか、居候」と嘲弄したことを理由とするものである。右幸治の言辞は、遺産分割協議中屡々見られた感情的対立から、例えば、被控訴人が幸治らに対し、「お前らは従業員として使つてやる。」等の軽蔑的発言や、同年五月分(遺産分割協議に時間を要したと思われる)の幸治、治男の給与を、被控訴人は突然二分の一に減額したこと、等に起因するもので、もとより不穏な言辞であるが、相互に言い合つているのであつて一方的に他を非難することはできず、したがつて、被控訴人の前記押印(同意)の拒否は、遺産分割協議の合意に反することは言うまでもない(後記遺産分割協議の解除等が許されない法意は、当然右の場合にも肯定されるところである)。

結局、幸治らが被控訴人を相手方として京都家庭裁判所に調停の申立てをし、幸治らが一〇〇万円を被控訴人に支払うことで調停が成立した。

6(一)  同年八月頃、被控訴人経営の訴外会社の大口取引先(全取引量の三分の一<月間約一四〇万円>を上廻る取引先)である京都繊維から、被控訴人に対し、「訴外会社と村井幸染(幸治ら経営)の双方と取引きしたい」旨の申入れがなされた。これについて被控訴人は強く反対したが、前記角口の仲介もあつて、結局、京都繊維との取引について、訴外会社が受注し、その一部を村井幸染が下請けをする形で一応の話合いが成立した。

しかるところ、村井幸染の仕事(染色)の仕上りに比し、訴外会社の仕事(染色)の仕上りが悪く、経済不況と相挨つて発注量も減少したことから、京都繊維は、被控訴人に対し、「訴外会社との取引を同年一一月から停止する。」旨通告した。

(二)  これについて、被控訴人は、右京都繊維の取引停止通告は、八重子が同年六月頃京都繊維の代表者に招かれて訪れたことがあることから、八重子の行動に端を発するものと邪推し、妻昌子に対し、「同年一一月七日以降、八重子の食事を打切るよう指示し、昌子もこれに同調し、以後、本件母屋に同居しながら実母八重子(糖尿病の持病がある)の食事の支度を一切拒否し、さらに、右八重子の病気治療に要する健康保険も打切りの手続をした。

右について、前記角口は、事の性質上放置できず、食事の支度は妻昌子の仕事であるからと、昌子を説得すべくその実父にも連絡したうえ説得を試みたが、被控訴人らの強硬な態度により効を奏せず、その状況は八重子の死亡(昭和五六年五月七日)まで継続した。

7  このような険悪な状況下に、昭和五二年一二月一三日、義朝の一周忌を迎え、相続人ら及び前記角口、被控訴人の妻昌子の実父らが集つた際、話合つたが、被控訴人は、「訴外会社は継いだが、村井家は継がない。」旨述べ、さらに、翌昭和五三年一月二七日ころ、八重子が、「被控訴人が原判決別紙目録四の土地(三―二九)を、無断で売却したこと(右土地は、遺産分割協議の際、登美子・冨佐子の相続分とする話しが出て難航した際、訴外会社の資金繰りの最後の切り札として、被控訴人の取得を認めるが、その間事実上八重子が管理し、売却する際は八重子の同意を得る旨合意されていた。)及び前記冨佐子の結婚資金約二九〇万円の定期預金(名義は登美子となつていた)を、訴外会社の資金として一時借用しながら、訴外会社以外の用に一部を使用し、残余を無断で被控訴人ないしはその娘名義で預金したこと、」に立腹し、被控訴人に対し、「泥棒呼ばわり」の趣旨の発言をして非難したことに被控訴人が激怒し、子供用椅子で八重子の顔面を殴打し、傷害を負わせる等の行為をしたため(なお、同年六月六日ころ、被控訴人は些細なことに立腹し、冨佐子の頭部を殴打し、多量の出血を伴う傷害を負わせた)、遂に控訴人らが被控訴人を相手方として、相続財産(一部)の返還請求の調停を申立てるに至つた。しかるところ、結局不調となり、同年八月三〇日本訴が提起されるに至つた(この訴訟が原審に係属中、昭和五六年五月七日原審原告八重子は死亡した)。

8  義朝の葬儀費用は、すべて義朝の遺産(預金)から支出され、その後の法要等祭祀も八重子が行つて来た。

以上の事実が認められ、これに反する原審における各本人尋問の結果は措信できず、他に以上の認定を左右するに足る証拠はない。

二1  相続に伴う遺産共有の性質(共有説・合有説)、遺産分割の協議、とりわけ法定相続分に従わない分割協議の性質、理由づけ(共有持分権の贈与ないし交換とみるべきか否か)等については、異論のあるところである。しかし、本件遺産分割においては、被控訴人が前記自由意思に基づき合意された控訴人ら主張の四条件を履行する限り、本件の如き訴えの提起に至らなかつたことは、その主張自体から明らかである。

2  ところで、被控訴人が八重子と同居する以上、同人を扶養する義務のあること及び先祖の祭祀を行なうべきものであることは、被控訴人の認めるところであり、兄弟仲よくすべきことも当然のことである。

控訴人らは、「法定相続分に従わない遺産分割の協議は、共有持分権の贈与ないし交換とみるべきであり、被控訴人の前記相続分の取得(他の共同相続人の相続分に比し著しく多い)は、控訴人ら主張の四項目の遵守を条件とする共有持分権の負担付贈与であるから、被控訴人の右債務不履行(右の四条項の不遵守)を理由として、本件訴状をもつて右負担付贈与契約を解除する旨意思表示した。」旨主張する。そして前記の認定事実によれば、被控訴人が控訴人ら主張の四条件を履行しなかつたことは認められる。

しかしながら、遺産分割協議において負担させられた債務を履行しなかつたとき、民法五四一条による解除が許されるかどうか、については消極に解するのが相当であると考える。蓋し、(一)これを許すとすれば、民法九〇九条本文により遡及効のある分割について再分割がくり返され、法的安定性が著しく損われる虞れがあるから、長期間不確定な状態におかれることとなる。(二)遺産分割の協議の際に、分割の方法として共同相続人の一人又は数人が、他の共同相続人に対し債務を負担させ、その代りその相続人の相続分を多くするのは、分割を容易にするためにとられる便宜的方法であつて、その債務自体が遺産に属しないのであるから、遺産分割そのものは協議の成立とともに終了し、その後は負担させられた債務者と債権者間の債権債務関係の問題として考えるべきものである、からである。

3  次に、控訴人らは、「八重子が本件母屋についてなした被控訴人に対する負担付使用貸借契約を解除した。」旨主張する。しかしながら、八重子と被控訴人間で、本件母屋につき控訴人ら主張の使用貸借契約が成立した事実については、これを認めるに足りる証拠がない。のみならず却つて、被控訴人が本件母屋に居住したのは右母屋に帰り訴外会社を継ぐことの合意が成立したからであることは前記認定のとおりであり、また、原審における証人角口ユキヱの証言、同被控訴人本人尋問の結果によれば、義朝死亡後の同五一年一二月下旬、控訴人登美子を除く相続人五名が角口ユキヱを交え相続につき話し合つた結果、相続人のうち「誰が本件母屋に入るにしても、その者が将来は本件母屋の土地建物を取得し訴外会社を継ぐこととしたが、配偶者に対する相続税の軽減措置を活用する関係もあつて、とりあえず八重子が本件母屋の土地建物を取得することとした。」事実を認めることができる。これらに控訴人らが当審において、「法的拘束力はないが、被控訴人が控訴人ら主張の四条件を履行すれば、八重子死亡後は被控訴人が本件母屋の土地建物を相続するという事実上の合意があつた。」旨主張していること、その他弁論の全趣旨によれば、控訴人ら主張の前記使用貸借契約は成立しなかつたと認めるのが相当である。

4  右のとおりで、負担付贈与及び負担付使用貸借の解除を前提とする控訴人らの主位的請求は、その余の争点につき判断するまでもなく理由がないことに帰する。(前記認定の、被控訴人の、「実母八重子に対する食事の打切り、病気<糖尿病>治療に必要とする健康保険の打切り、椅子をもつて顔面を殴打し傷害を負わせた行為等」は、人倫に悖る非行であるが、義朝の遺産分割協議に関する紛争である本件においては、これらは前記の結論に影響を及ぼすものではないというの外はない)。

第二  副位的請求について

控訴人らは、「本件遺産分割の協議には、意思表示の瑕疵ないしは事情変更があるから、無効である。仮にそうでないとしても、取消ないしは解除が認められるべきであり、控訴人らは本訴において、右取消ないし解除の意思表示をした。」旨主張する。

1  錯誤による無効について

控訴人らは、「被控訴人が、控訴人ら主張の四条件の負担を履行する旨確約したから遺産分割協議に応じたのに、被控訴人には当初から右負担を履行する意思が全くなかつた。したがつて、右協議は要素の錯誤に基づくもので無効である。」旨主張する。

しかしながら、控訴人ら主張の四条件について、被控訴人が履行する旨確約したから、前記認定のとおり、控訴人らのうち特に登美子、冨佐子が、相続しないことに同意したものであること及び被控訴人が結局履行しなかつたことは認められるが、被控訴人が、遺産分割協議の成立当時から既に右の四条件を履行する意思が全くなかつたとの点について、これを認め得る証拠はないので、控訴人らの右主張は採るを得ない。

2  詐欺による取消について

控訴人らは、「右のとおり被控訴人は、控訴人ら主張の四条件の負担を履行する意思が全くなかつたのに、これある如く装い、控訴人らをしてその旨誤信させ、前記遺産分割協議に同意する旨の意思表示をさせたものであるから、右合意を取消す旨意思表示をした。」旨主張するところ、この点については、右「錯誤による無効」について判断したとおりで、これを認め得る証拠はない。よつて控訴人らの右主張も採るを得ない。

3  事情変更による解除について

控訴人らは、「本件遺産分割協議において、控訴人ら主張の四条件を被控訴人が履行することがその客観的基礎となつていたにも拘らず、これを全く履行しなかつた。右は、遺産分割協議成立の客観的基礎となつた事情が、被控訴人の背信行為という八重子及び控訴人らの予期し得ない事実によつて変更し、右遺産分割協議の内容どおり八重子及び控訴人らを拘束することが信義則上不当な場合といい得る。このような場合は、事情変更の原則による遺産分割協議の解除権が認められるべきであり、八重子及び控訴人らは被控訴人に対し、本件訴状をもつて右遺産分割協議(合意)を解除する旨意思表示した。」旨主張する。

しかしながら、控訴人ら主張の四条件の遵守が分割協議の条件として合意されたものでないことは前記認定のとおりであり、また、これらが分割協議成立のための不可欠な客観的基礎とされ、これに変更が生じたと認めるのは相当でない。

のみならず、控訴人らの主張の実質は、前記四条件の不遵守(債務不履行)を理由とする解除を主張するものと解せられるところ、遺産分割協議において負担させられた債務を履行しなかつた場合、民法五四一条による解除は許されない、と解すべきこと前判示のとおりである(右負担にかかる債権者と債務者間の債権債務関係の問題として解決されるべき

である)。

したがつて、控訴人らの右主張も採るを得ない。

第三  以上の次第で、控訴人らの主位的請求及び副位的請求は、いずれもその余の点につき判断するまでもなく理由がないことに帰する。

してみれば、原判決は結局相当であつて、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、民訴法八九条、九三条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

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